中国「臓器狩り」の闇

野村旗守氏のブログより転載させていただきました 中国「臓器狩り」の闇 (月刊『正論』2016年1月号掲載) ノンフィクションライター 野村旗守    現在進行中の「人道に対する罪」 いまだにオウム事件の残影が瞼の裏にちらついているか、それともやはり、中国共産党からの報復を怖れるのか――。  中国共産党政府による法輪功弾圧と、信者(法輪功はみずからを宗教団体ではなく気功術愛好団体と称し、愛好者たちを「信者」ではなく「学習者」と呼ばせている。けれども私は宗教団体と考えているので、ここでは「信者」と呼ぶ)に対する虐待を報じない日本マスコミのスルーっぷりは目に余る。  もちろん、新興の宗教団体に対する偏見と警戒は日本に限った話ではない。当初平和的な祈祷サークルのように見えた団体が、のちに暴力的な狂信集団に様変わりしたなどの話は歴史のなかにいくらでもある。だから、特定の宗教団体の主張に与して後で痛い目に遭うのはゴメンだというマスコミの心理はわかるのだが、中共政府による法輪功虐待はすでに宗教弾圧の域を超え、「人道に対する罪」のレベルに達していると言っても過言ではない。  ニュルンベルク裁判で初めて用いられた国際軍事裁判所憲章は、「人道に対する罪」をこう規定した。 「国家もしくは集団によって一般の国民に対してなされた謀殺、絶滅を目的とした大量殺人、奴隷化、追放その他の非人道的行為」  国際報道によって次々に明らかにされた中国の法輪功弾圧は、まさにこの範疇に入る。 政府(国務院=公安)と人民解放軍、2つの系統で実行されてきた中国の「臓器狩り」は90年代末頃から明らかになり、2000年代には国際社会にも波紋を広げていった。最大の犠牲者となったのが中国公安によって拘束され労働収容所に入れられた法輪功の信者たちで、臓器移植を希望する国内外の権力者や金持ちたちの需要に併せ、場合によっては生きたまま臓器を摘出された揚げ句、闇に葬り去られてきたのである。  中共政府によって法輪功への弾圧が開始された1999年の夏以降、数十万人の信者が身柄を拘束され、そのうち10万人以上が収容所へ監禁させられたと推定されている。  米国務省の2008年版国別レポートは次のように報告した。 「中国の労働収容所には25万人が収容されている。外国の観察者のなかには、そのうちの少なくとも半数が法輪功信者であると推計をする人もいる」  この労働収容所こそが需要に応じて提供を行う〝生体臓器バンク〟に他ならない。  当然のことながら中国政府がその実態を明かすはずもなく、生きた人間から臓器を摘出する「臓器狩り」の全貌は必ずしも明らかになってはいない。しかし、中国が国家意志として「臓器狩り」を行っていたことは、同国衛生部の元次官・黄潔夫氏がすでに05年にマニラの国際会議で証言しており、「(中国の)臓器移植の95%は死刑囚から摘出されていた」ことが判明した。そしてこのことは同時に、臓器の需要に併せて死刑が執行されていた可能性をも示唆したのである。  「死刑囚」のうち法輪功信者がどれほど含まれていたのかは定かでないが、法輪功側は「少なくとも数万人の単位と見積もっている」(NPO法人日本法輪大法学会の広報担当者)と回答する。先の米国務省レポートと照らしても、あり得ない数字ではない。  実態が解明されれば、これこそ「人道に対する罪」以外の何物でもない。さらに最近、習近平政権による「虎も蝿も」の反腐敗キャンペーンにより、この中国「臓器狩り」が巨大な利権を産み出す「臓器ビジネス」であったこと、そしてその黒幕が前政権の最高指導部、政治局常務委員の1人で司法・公安を統括した周永康であったことが判明した。    欧米マスコミは大々的に報道  日本マスコミの無関心とは裏腹に、海外ではここ数年、中国の「臓器狩り」を取り上げた報道が立て続けに脚光を浴びている。直近では、今年四月、中国の臓器売買を扱ったドキュメンタリー映画『人間狩り(Human Harvest)』が米放送界の名門、ピーボディ賞を受賞した。ビーボディ賞というと日本では余り馴染みがないが、1941年に創設されたアメリカ最古の栄誉ある放送作品賞で、「放送界のピューリッツァー賞」と称されることもある。日本からも過去、フジテレビやテレビ朝日、NHKが単独受賞している。  監督は中国系カナダ人のレオン・リー氏。国際調査による数々の証拠を提示しながら、中国が国家ぐるみで受刑者の生きた人体から臓器を抜き取っている現実を指摘した。中国で臓器移植手術が劇的に増加した十数年前からの時期と、法輪功の弾圧がはじまった時期とがほぼ一致するという。同作品は一昨年11月にも、世界最大のオンライン映画祭「ビュースター・オンライン映画祭」の最優秀賞を受賞した。  他にも、13年6月には一連の臓器狩り報道で「大紀元(国際的なネットワークを持つ法輪功系新聞)」英語版の記者が米プロフェッショナル・ジャーナリスト賞を受賞。また12年5月には、中共政府による法輪功弾圧を描いたドキュメンタリー『フリーチャイナ』が米言論自由映画祭の優秀作品賞を受賞した。法輪功信者への迫害を主に扱っているが、「臓器狩り」にも触れている。同作品は、「アウェアネス・フィルム・フィスティバル」や「第45回ヒューストン国際映画祭」でもドキュメンタリー部門の作品賞も受賞した。  またフランスでも10年5月、中国から脱出したパリ在住の法輪功信者を描いたドキュメンタリー作品が国際的な報道作品に送られる「ダニエル・パール賞」を受賞した。  そして、これら一連の「臓器狩り」と法輪功迫害報道に関する国際報道の元になった、いわば「基礎データ」ともいうべき先駆的調査資料が、デービッド・マタス、デービッド・キルガーという二人のカナダ人弁護士の共著『中国臓器狩り(原題Bloody Harvest、邦訳=アスペクト)』である。  著者たちのバックグラウンドが、同書が信頼に足る調査に基づいて編まれていることを裏付ける一助となるだろう。  デービッド・マタス氏は1943年、カナダに生まれ、オックスフォード大学で法学士号を取得した弁護士。国連総会カナダ代表団のメンバー、国際人権と民主発展センター長、カナダ憲法・国際法律条例主席などを歴任。現在は連邦法廷法律支部連絡委員会委員長と、NGO組織「国際反拷問連盟」の共同委員長及びシニア法律顧問を務める。片や、デービッド・キルガー氏は、1941年カナダ生まれの弁護士で、トロント大学で法学士号を取得。バンクバー市検察官、オタワ司法上級顧問を経て、79年から06年までカナダの下院議員を務めた。任期中は、アジア太平洋州担当大臣として閣僚経験もある。  マタス氏によれば、2人は2006年5月、中国の法輪功迫害真相調査連盟(CIPFG)から「臓器狩り」に関する実態調査の依頼を受けた。著者たちは職業的にも思想的にも教団とは過去に一切の関わりがなく、そして金銭の介在に関しても、「事後、CIPFGに領収書を提出して調査経費の提供は受けたが、向こうから申し出のあったもので、こちらから要求したものではない」とマタス氏は言う。ごく率直な説明であり、納得できる。    世界中の議会も動き出す  著者の一人、デービッド・マタス氏は昨年6月にも来日した。そして、各地で講演を行い、現在も続いている中国「臓器狩り」の実態を訴えた。 「中国に渡れば心臓を13万ドル、腎臓を6万5000ドルで移植することができる。臓器を提供するのは強制収容所や刑務所の収監者。その大部分は法輪功の信者だが、なかにはチベットやウィグルなどの少数民族も含まれている。この人類史上未曾有の犯罪をストップするには、国際社会に広く真相を知らせる以外他に方法はない」  それだというのに、日本の大メディアはこの重大過ぎるほど重大な人道問題をどこも扱おうとしない。  日本語版の版元によれば、北米では09年に出版された同書の邦訳が一昨年の終わりになってようやく出版にこぎつけたのは、「中国から妨害があったわけではなく、日本の出版界の自主規制によるところが大きかったようだ」という。  新聞社はどこも中国に支局を抱えているし、出版社も大手となれば中国に営業所を設けて現地で何らかの取引のあるところが多い。ようするに、触らぬ神に祟りなし……と、先回りして中国からの報復を回避したということである。マイナス志向で事なかれ主義の昨今の日本マスコミ界の体質がここにもあらわれた。  中国最大のタブー!  と、帯に謳われた同書の内容は衝撃的だ。1年以上にわたる調査の結果、著者たちは「法輪功学習者を主な対象とした臓器狩りはたしかにおこなわれ、そして現在も続いている」との結論にたどり着いた。そして、帯はこう続く。  裁判にもかけられず、政府軍公認のもと、生きたまま臓器を摘出され死亡した、多くの法輪功被害者の真実。国連人権委員会、アメリカ議会、欧州議会で議論……。  07年6月に米ニューヨーク州議会がシンポジウムの議題にとり上げたのを皮切りに、同年9月にはニュージーランドの国会が、12年には米下院が中国の「臓器狩り」問題を俎上に載せた。  米議会は「(法輪信者に対する臓器狩りは)魔の行いであり、信仰あるいは政見が異なることを理由に監禁されている人から臓器を盗みとることは、人類に対する重大な犯罪である。この罪悪に加担しているすべての人間を法で裁くべきだ」と決議した。また、「主流メディアがこれほどの重大犯罪を報じないことは、ジャーナリスムの歴史に対する冒涜である」とも述べた(9月20日、外交調査と監査委員会)。  そして、13年は矢継ぎ早だった。 1月に欧州議会が公聴会を開いて、中国の臓器狩りに対する調査を求める請願書を発行、その後昨年までに36ヵ国で16万6000人以上の署名が集まった。2月にはカナダと韓国の国会がそれぞれ公聴会と専門家による諮問委員会を開き、オーストラリアではニューサウスウエルズ州議会反対決議をした。 そして4月と6月には英国議会もこの問題をとり上げて国民の臓器移植目的の中国旅行を禁止するなど措置をとり、7月にはふたたび米下院で議題に上った。  さらに11月に入ると、再度英国議会、スウェーデン議会、フランス議会、香港立法院議員によるシンポジウムで、12月にも欧州議会、イタリア下院議会などで「中国臓器狩り」事案が問題化。非難決議や調査請求が相次いだ。  これらは、マタス、キルガー両氏が詳細な調査資料をもとに、中国の臓器狩りの実態を世界中に訴えた成果である。この功績により両氏は、2010年のノーベル平和賞候補にノミネートされたこともある。  世界でここまで認知されている問題を、日本では国会もマスコミもまったく取り上げていないというこの事態は、国際的な面恥ではないか。    中共政府による「邪教」キャンペーン  我々日本国民のうち決して少なくない数が、駅頭や政治集会などで時折見かける法輪功信者らによる街宣活動によって、中国では国家による教団弾圧と「臓器狩り」がおこなわれているらしい、ということを何となく知っている。  かくいう私も、金子容子さんの救出運動が繰り広げられていた時期、所用があって毎週のように永田町の議員会館に出入りしていたことがあり、そのたびに門前でビラを配る学習者たちの姿を眼にした。そして何度かはビラを手にして眼を通したはずである。けれども、法輪功という団体そのものに何となく“得体の知れない中国の宗教団体”というイメージがあったのと、掲載されている写真があまりにグロテスクで現実離れしているように見えたのとで、正直、疑う気持ちのほうが強かった。  それに加えて、中国共産党政府による「法輪功=邪教」宣伝もあった(日本の中国大使館は法輪功について「中国のオウム真理教」と説明している)。中共側の宣伝に与するつもりはないが、かといって法輪功側の言い分を鵜呑みにする気にも仲々なれなかった。  しかし、マタス、キルガー両氏による克明な告発の書を読了した現在となっては、そんな自身の不明を恥じずにはいらなれない。 現実問題として、90年代の終わりから現在にいたるまで、中国人民解放軍の息のかかった強制収容所や特別刑務所、そして病院等で行われていることは、我々の想像を絶することだ。…